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名古屋地方裁判所 昭和52年(ワ)812号 判決 1982年2月10日

原告 橋本武一

右訴訟代理人弁護士 楠田堯爾

同 楠田仙次

被告 大崎国文

右訴訟代理人弁護士 小竹耕

同 鈴木利廣

右小竹耕訴訟復代理人弁護士 山根祥利

主文

一、被告は原告に対し、金四九三万二、八六一円及びこれに対する昭和五二年四月二四日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

三、この判決は仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

主文同旨

二、請求の趣旨に対する答弁

1.原告の請求を棄却する。

2.訴訟費用は原告の負担とする。

第二、当事者の主張

一、請求原因

1.第一次的請求について

(一)1昭和四九年八月頃、別紙物件目録(1)ないし(5)記載の各土地(以下、本件土地という)のうち、(1)(2)(4)(5)の各土地は訴外高橋秀吉の所有であり、(3)の土地は訴外高橋幸吉の所有であり、右(1)(2)の各土地の地目は田であったところ、秀吉は同年八月末頃、自己所有の右(1)(2)(4)(5)の各土地、並びに訴外幸吉所有の右(3)の土地については幸吉の承諾を得たうえで、これを、訴外前田清信に対し、いずれも売渡す契約をした。右(1)(2)の田については、地目変更ができないときは契約を解除する条件であり、本件各土地の所有権移転登記については、売主から買主又は買主の指定する第三者に中間省略をして登記をする旨の約束がなされた。

2.ついで、前田は訴外栄和地所こと鎌田和幸に対し、本件土地(3)(4)(5)の所有権と(1)(2)についての買主の地位を、前同様の約束で売渡し、さらに、原告は同四九年九月一四日鎌田和幸から、前同様の約束により、本件土地(3)(4)(5)の所有権と(1)(2)についての買主の地位を、代金五三二万七、二〇〇円で買い受けた(但し、契約書上は金五六二万七、二〇〇円となっているが鎌田は金三〇万円を値引きした)。

3.原告は同四九年九月二〇日鎌田に手付金五〇万円を支払い、同年九月二一日本件土地(1)(2)につき、秩父別町農業委員会に農地転用許可申請書が提出され、同年九月二五日同申請書が受理せられ、同年一〇月八日には転用を可とする旨の同委員会の意見が付され、原告は右各土地の所有権を取得することは可能となった。

(二)原告は同年一〇月九日被告の営む司法書士事務所において、司法書士である被告に対し、秀吉、幸吉より原告に対する本件土地の所有権移転登記手続を委任し、被告はこれを受任し、原告は被告に対しその手数料の一部として金一万円を支払い、さらに、原告は被告に右登記手続が間違いなくできることを確認したうえ、同日前記鎌田和幸に対し、残代金四八二万円を完済した(その余の残金は値引きされた)。

(三)訴外幸吉、秀吉も被告に対し、右同日、右所有権移転登記手続を委任し、被告はこれを受任した。

(四)原告及び訴外幸吉、秀吉は被告に対し、右登記手続を委任した際、右登記手続に必要なそれぞれの印鑑証明書、住民票、登記済証(但し、本件土地(3)の登記済証を除く)、委任状等の書類を交付した。

(五)このようにして、被告は原告に対し、右登記手続をなすべき義務があるにもかかわらず、昭和四九年一〇月二五日頃、右登記手続をなす前に、受領していた本件土地(1)(2)(4)(5)の登記済証を訴外秀吉に返還したため、同人は右登記済証を利用して本件土地(1)(2)(4)(5)を第三者へ譲渡し、所有権移転登記を了した。そのため、原告は本件土地(1)(2)(4)(5)の所有権を取得することができなくなり、訴外鎌田に本件土地(1)(2)(3)(4)(5)の代金として支払った金五三二万円のうち、本件(3)の土地の割合分を除いた金四九二万二、八六一円と手数料の一部として支払った金一万円合計金四九三万二、八六一円の損害を被った。

5,320,000円×1.733m2/23.215m2=397,139円

5,320,000円-397,139円=4,922,861円

2.第二次的請求について

(一)第一次的請求の請求原因(一)ないし(四)と同旨

(二)司法書士である被告は、秀吉から預けられた本件土地の所有権移転登記関係書類を、原告のためにも保管すべき義務を負い、秀吉から返還を求められてもそれを拒むことができる地位にあるのみならず、返還を拒むべき義務があるのにかかわらず、それを拒まないで、預り保管中の右書類のうち、本件土地(1)(2)(4)(5)の登記済証を秀吉に返還したため、同人は右登記済証を利用して本件土地(1)(2)(4)(5)を第三者に譲渡し、所有権移転登記を了した。そのため、原告は本件土地(1)(2)(4)(5)を取得することができなくなり、第一次的請求の請求原因(五)と同旨の損害を被った。

よって、原告は被告に対し、第一次的請求として委任契約を債務不履行により、第二次的請求として不法行為により、それぞれ損害賠償として金四九二万二、八六一円と手数料の一部として支払った金一万円の計金四九三万二、八六一円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五二年四月二四日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、請求原因に対する認否

1.第一次的請求について

(一)請求原因(一)の事実のうち、本件土地(1)(2)(4)(5)が高橋秀吉、同(3)が高橋幸吉の各所有であったこと、秀吉及び幸吉が昭和四九年秋本件土地を前田清信に売渡す契約をしたこと、本件土地(1)(2)の地目が田であったことを認め、原告が鎌田和幸に対しその主張の日にその主張の金員を支払ったことは不知、その余は否認する。

(二)同(二)の事実のうち、被告が原告から金一万円を受取ったことは認め、その余は否認する。

(三)同(三)の事実は否認する。

(四)同(四)の事実のうち、被告が原告及び幸吉、秀吉から登記手続に必要な印鑑証明書、住民票、本件土地(1)(2)(4)(5)の登記済証、委任状を預ったことは認め、その余は否認する。

(五)同(五)の事実のうち、昭和四九年一〇月二五日頃、本件土地(1)(2)(4)(5)の登記済証を秀吉に返還したことを認め、同人が第三者へ本件土地(1)(2)(4)(5)を譲渡し所有権移転登記をしたことは不知、その余は争う。

2.第二次的請求について

(一)請求原因(一)の事実の認否については、第一次的請求の請求原因(一)ないし(四)と同旨。

(二)同(二)の事実は、第一次的請求の認否(五)と同旨。

三、抗弁(第一次的請求について)

仮に、原告及び秀吉、幸吉と被告の間に本件土地(1)(2)(3)(4)(5)についての所有権移転登記手続について委任契約が成立したとしても、原告が本件土地(1)(2)(4)(5)を取得できなくなったのは、被告の責に帰すべき事由に基づくものではない。すなわち、秀吉は昭和四九年一〇月九日午前一〇時頃被告の事務所において、幸吉の分をも含めて被告に対して登記手続を依頼したので、被告が検討したところ、秀吉所有名義の本件土地(1)(2)については、地目が田であったので、現地目証明書を添付して地目変更登記手続をなしたうえで、又幸吉所有名義の本件土地(3)については、登記済証がないため保証書作成手続をなしたうえでなければ、本件土地の所有権移転登記手続をすることができなかった(しかも、本件土地は全部一緒に移転登記することになっていた)。そこで、被告は秀吉に対し現地目証明書と保証書作成依頼がないと右登記手続の受任はできないことを告げ、一部書類を預ったに過ぎなかった。しかるに、その後秀吉、幸吉から右登記手続に必要な前記書類の提供がなされなかった。したがって、被告が右移転登記手続をなしえなかったのは、被告の責に基づくものではない。

又、昭和四九年一〇月九日午前一一時頃、前記訴外前田が原告と同道して被告の事務所を訪れ、原告が買主であるとの説明があり、原告から被告に所有権移転登記手続の依頼があったが、被告は原告に対し前記のとおり重要な不足書類があり、これが完備しなければ登記手続が正式に受任できない旨話したところ、原告はこれを了承した。

又被告は原告に対して、昭和四九年一一月から同五〇年四月までの間、原告より電話連絡があった都度、秀吉の要望により、受領していた本件土地(1)(2)(4)(5)のの登記済証を同人に一時返還したことを説明し、原告はこれを了承していた。

四、抗弁に対する認否

抗弁事実のうち、本件土地(1)(2)の地目が田であった事実、原告が被告に対して、昭和四九年一一月から同五〇年四月までの間、電話連絡した事実は認め、秀吉が被告に対して本件土地の右登記手続を委任した際、秀吉所有名義の本件土地(1)(2)については現地目証明書を添付して地目変更登記手続をなしたうえで、又、幸吉所有名義の本件土地(3)については、登記済証がないため保証書作成手続をなしたうえでなければ、いずれも所有権移転登記手続をすることができない旨告げたことは不知、その余は否認する。

第三、証拠<省略>

理由

一、第一次的請求について

(一)本件土地(3)が高橋幸吉の所有であり、同(1)(2)(4)(5)が高橋秀吉の所有であったこと、秀吉及び幸吉が昭和四九年秋頃それぞれその所有の右各土地を前田清信に売渡す契約をしたこと本件土地(1)(2)が田であったことは当事者間に争いがない。

原告本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したことの認められる甲第一ないし三号証、証人高橋秀吉の証言、官署作成部分の成立は争いがなく、その余の部分は証人高橋秀吉の証言により真正に成立したことの認められる乙第一号証並びに弁論の全趣旨を総合すると、秀吉は昭和四九年八月か九月頃、秀吉所有の本件土地(1)(2)(4)(5)、並びに幸吉所有の同(3)については幸吉の承諾を得たうえで、前田清信に対し、右各土地を売渡す契約をしたこと、右契約では、右(1)(2)の田については、地目変更ができないときは契約を解除する条件であり、本件各土地の所有権移転登記については、売主から買主又は買主の指定する第三者に中間省略して登記する約束であったこと、ついで、前田は請求原因(一)の2のとおり、訴外栄和地所こと鎌田和幸に本件土地(3)(4)(5)の所有権と(1)(2)についての買主の地位を売渡し、さらに、原告は同四九年九月一四日鎌田から代金五三二万七、二〇〇円でこれらを買受けた(但し、契約書上は金五六二万七、二〇〇円となっているが、鎌田は金三〇万円を値引きした)こと、原告は同四九年九月二〇日鎌田に対し手付金五〇万円を支払い、同年九月二一日には、秀吉が申請人として、本件土地(1)(2)につき、秩父別町農業委員会に農地法第四条に基づく農地転用許可申請書を提出し、同年九月二五日同申請書は受理せられ、同年一〇月八日には転用を可と認める旨の同委員会の意見が付されたことが認められる。

(二)次に、請求原因(二)(三)の事実について判断するに、被告が原告より金一万円を受取った事実は当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第四ないし七号証、第八号証の一、二、第九、一〇号証、第一一号証の一、二、証人阪井きくえ及び同高橋秀吉の各証言並びに原告本人尋問の結果を総合すれば、その余の事実を認めることができる。右認定に反する証人大崎澄子の証言並びに被告本人尋問の結果は信用することができない。

(三)同(四)の事実のうち、被告が原告及び幸吉、秀吉より登記手続に必要な印鑑証明書、住民票、本件土地(1)(2)(4)(5)の登記済証、委任状を預った事実は当事者間に争いがなく、その余の事実は前項ですでに判断したとおり、これを認めることができる。

(四)次に被告が昭和四九年一〇月二五日頃秀吉に対し、本件土地(1)(2)(4)(5)の登記済証を返還したことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第二ないし七号証、証人高橋秀吉の証言、被告本人尋問の結果によれば、秀吉が昭和四九年一二月一一日第三者(訴外有限会社三広商事)へ本件土地(1)(2)(4)(5)を売渡し、昭和四九年一二月一二日その旨の所有権移転登記を了したことが認められる。

(五)ところで、不動産の売主である登記義務者と司法書士との間の登記手続の委託に関する委任契約と買主である登記権利者と司法書士との間の登記手続の委託に関する委任契約とは、売買契約に起因し、相互に関連づけられ、前者は、登記権利者の利益をも目的としているというべきであり、司法書士が受任に際し、登記義務者から交付を受けた登記手続に必要な書類は、同時に登記権利者のためにも保管すべきものというべきである。したがって、このような場合には、登記義務者と司法書士との間の委任契約は、契約の性質上、民法六五一条一項の規定にもかかわらず、登記権利者の同意等特段の事情のない限り、解除することができないものと解するのが相当である。このように、登記義務者は、登記権利者の同意等がない限り、司法書士との間の登記手続に関する委任契約を解除することができないのであるから、受任者である司法書士としては、登記義務者から登記手続に必要な書類の返還を求められても、それを拒むことができる。又、それと同時に司法書士としては、登記権利者との関係では、登記義務者から交付を受けた登記手続に必要な書類は、登記権利者のためにも保管すべき義務を負担しているのであるから、登記義務者からその書類の返還を求められても、それを拒むべき義務があるものというべきである。したがって、それを拒まずに右書類を返還した結果、登記権利者への登記手続が不能となれば、登記権利者との委任契約は、履行不能となり、その履行不能は、受任者である司法書士の責に帰すべき事由によるものというべきであるから、同人は債務不履行の責めを負わなければならない。

二、そこで抗弁について判断するに、証人阪井きくえ及び同大崎澄子の証言並びに原告本人及び被告本人尋問の結果を総合すると、原告と幸吉、秀吉が被告に対して前記登記手続を委任した際には、本件土地(1)(2)については地目が田であった(この点は当事者間に争いのない)ので、現地目証明書を添付して地目変更登記手続をなしたうえで、又、本件土地(3)については、登記済証がないため保証書作成手続をなしたうえでなければ、いずれも直ちに所有権移転登記手続をすることができなかった事実が認められる。

しかしながら、前記認定の各事実並びに証人高橋秀吉の証言によれば、本件土地(1)(2)(4)(5)については、被告が昭和四九年一〇月二五日頃秀吉にその登記済証を返還し、その後同年一二月一一日には訴外有限会社三広商事に対し所有権移転登記が実現されており、右各土地について原告に対する所有権移転登記が不能となったのは、結局被告が登記済証を秀吉に返還した結果に他ならないことが認められる。

又、被告は、昭和四九年一〇月九日午前一一時頃、訴外前田が原告を同道して被告事務所を訪れ、原告から買主として所有権移転登記手続を依頼された際、被告は原告に対し、前記の不足書類があり、これが完備しなければ正式に登記手続を受任できない旨話したところ、原告はこれを了承した旨主張し、又、原告が被告に対して昭和四九年一一月から同五〇年四月までの間電話連絡をした都度、被告は原告に対して、秀吉の要望により、受領していた本件土地(1)(2)(4)(5)の登記済証を同人に一時返還したことを説明し、原告はこれを了承していた旨主張するが、右の点に関する証人大崎澄子の証言並びに被告本人尋問の結果は、にわかに信用することができず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

そうすると、本件各土地について、登記手続の委任契約が成立している以上、前記書類の不備があったとはいえ、このことをもって、原告に対する債務不履行につき被告の責に帰すべき事由によるものでないということはできない。

三、そこで、損害の点について検討するに、以上認定の各事実によれば、原告は被告の債務不履行により本件土地(1)(2)(4)(5)の所有権を取得することが不能に帰し、訴外有限会社三広商事に対し所有権移転登記のなされた昭和四九年一二月一一日当時の右各土地価格相当の損害を被ったもので、その損害額は原告主張のとおり、原告が本件土地(1)(2)(3)(4)(5)の売買代金として支払った金五三二万円のうち、本件土地(3)の割合分を除いた金四九二万二、八六一円と手数料の一部として支払った金一万円合計金四九三万二、八六一円を下らないものと認められ、右認定に反する証人高橋秀吉の証言及びこれにより真正に成立したことの認められる乙第八号証(原本の存在は争いがない)、並びに被告本人尋問の結果はいずれも採用し難い。

四、以上によれば、被告は原告に対し損害賠償金四九三万二、八六一円及びこれに対する昭和五二年四月二四日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるものといわなければならない。

よって、原告の請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 西川豊長)

<以下省略>

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